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2009/07/18

紙と鉛筆

090106のメモ

「紙と鉛筆あれば詞は書ける」というブログを読んで 曲もかけるもんね とメモ帳をめくってみつけたのがこれw これをああしてこうしてそうしてほにゃほにゃすると


になるわけ

ねっ? 簡単でしょ?www


ちゃんと読んでみると 確かに原型だけど かなり変えてるモンだなぁ と思った
しかし汚いねw 解読できるオレえらいwww
創作 | Comments(3) | Trackback(0)
Comment
No title
音階と音名がいまだに一致しない私にはできないことですw
修業したくもありますが、本業が...

あとこんな記事見つけまして、
http://www.newscientist.com/article/dn16709-musicians-are-finetuned-to-others-emotions.html
"Both more years of musical experience and learning to play an instrument at a young age increased a musician's response to the complex sounds."

young age ではない私は、軽く死にましたw
New Scientistの記事
記事にはちょっと反論ですねー 確かに僕なんかもオーケストラの音聴いてバラバラに譜面にすることができますけど、それって高校の時身につけた技術で まぁ単純な訓練ですよ スキーとかゴルフとかサーフィンとかと同じ。音楽演奏すればその訓練になるのはあたりまえではないかと。

で、ばらばらに聴ける話ですけど、それってできるようになると音楽を全体として捉えられなくなるフェーズがあるんですよね 曲作りしてると どんな曲もその構成要素に分解できるようになって なにがいい曲かわからなくなるってことありません? そういう感じ。

そこを乗り越えて、一皮むけると 意識して全体を聞いたり 部分を聞いたり 構成を意識したり 身を任せたり できるようになるんですけど、そこにいけないで何がなんだかわからなくなっちゃって音楽を聴く幸せが損なわれてしまう場合ってあるです

そういう意味では、変な訓練に毒されていない法が純粋に音楽を楽しめていたり 音楽を生み出せたりする 部分もあると思うんですよ

百人あれば百人の曲作り って感じですかねw
No title
>百人あれば百人の曲作り

ボカロ曲あげはじめた最初の頃、
「天然」コメントが時々ついてまして、
自分じゃわかんないんですが、
そういう天然ぽさ出てたのかもしれません。

>ばらばら

確かに何が正しいのかよくわかんなくなってくるときはありますね。
昨年3曲目のボカロ歌を作っているときそうなりました。
音が本当にばらばらに聞こえてきたのです。
初めてのことでびっくりして、数日作業をやめました。

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